


令和4年 7月23日
70歳の古希記念にと計画していた富士山登山を、2年越しに達成しました。
3年前はコロナ禍でNG×、昨年は仕事の関係で断念しましたが、
今年の7月20日(水)21日(木)1泊2日で登山ツアーに参加して、念願の夢を果たしました。
思えば 6年前の平成28年6月12日、初めて登った男体山の頂上で
<俺の故郷は栃木県、俺は栃木県民だ!>と実感した時から、
次は<日本の天辺で、俺の故郷は日本、俺は日本人だ!>と叫んでやろうと決心しました。
7月21日午前10時半 新富士駅にツアー参加者集合、何と24名! オイオイ募集人員は14名だったはずだが??
ともか昼食をはさんで、午後2時に 5合目からスタート、すでに標高2,400m 男体山とほぼ同じ高さです。
一路 6合目から新 7合目到着が午後3時半、更にかなりユッタリした足取りで元祖7合目着が午後5時近く。
ここで標高3,000m超え、足元には雲海と紺碧の晴天で見返せば宿舎の8合目が遥か頭上に小さく見えます
ここから登山初めてのツアー参加者のオバちゃんが、10m歩いては一休みのペースで 超ノロノロとなり、
8合目到着は何と午後6時半。5合目から8合目まで平均 3時間~3時間半で十分なのが、
1時間遅れとなり、あまりのノロさに却って疲れました! しかし標高は 3,250m。すでに日本の天辺です。
足元には夕焼けの雲海と薄紅色に染まる青空…まさに別天地です!
予定より大幅遅れの為、山小屋宿泊では色々有りましたがともかく 寝袋でオヤスミナサイ!…
と言っても宿泊者 約50名が、アチコチでイビキやガサゴソ音がして、 結局1時頃までは眠れませんでした。
朝は3時に起床! 朝食のアンパンとチョコパンをコーヒー牛乳で無理やり飲込み4、時半に頂上目指して出発
9合目までは快適でしたが、9合5勺から頂上までは富士山の形ソックリの急勾配とゴロゴロの岩山、
火山礫で滑る登山道の連続が延々と約 1時間半。昨日のオバちゃんは本日はリタイヤしたけど
今度はやはり登山は初めてのオッちゃんが、やはり10m歩いては一休みの超スローペース…
結局 7時に登頂予定が 1時間遅れの 8時となり、残念ですがお鉢巡りは中止…となりました!
更に風が強い為、大砂走りルートとから宝永河口を巡っての下山ルートも中止!
来た道を帰る事となり…2つも変更発生、これもツアー参加では仕方ない事か…と諦めました。
下山も 9合5勺目で、今度は夫婦で参加の奥さんが転倒して足首捻挫、かなり重症の為、ガイドが
介抱しつつ 9合目山小屋まで何とか下山。ここで本格的にテーピングを施し 別ルートで下山、
何だかんだで約 1時間 待たされる。9合目出発が10時半、ここから 5合目まで山小屋で一休みしながら
約4時間半かかって 午後3時に5合目到着。しかし 3分遅れでシャトルバスに乗り遅れで約 1時間、
小雨の中をバス待ち…で新富士駅到着は夕方6時過ぎ!予定では 3時のはずが 3時間も遅れた為
宇都宮駅着は午後6時半が、結局9時となり 楽しみの山祝いも中止! これも残念!
幾つか思い通りにならず、残念な事も有りましたが、梅雨空の中で2日間とも晴天に恵まれたので
80% 大満足です。深夜の星空の輝きも圧倒的でしたし、富士の頂上からチラリと見えた駿河湾と
太平洋に向かって< オーイ聞こえるか!日本の天辺だぞ!>と思い切り叫んで来ました。
サテ、いざ夢が終ってしまうと、何か気が抜けたような昨日、今日ですが 2年前の令和2年7月~8月
の<奥の細道一人旅>の続編で <日本海 秋田から能登~金沢一人旅>への夢が
何となく 目を覚まして来ました。
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